僕はライアン・ベナキです。今年アメリカの大学を卒業しまして、 大阪の日本キャンパス・クルセード・フォー・クライストで宣教師として働き始めました。 今日僕があるクリスマス経験したお話をしたいと思います。 二年前のクリスマスの日の朝、僕は実家に帰っていました。ツリーと暖かい火の間に座っていて、 プレゼントを開けていました。両親と弟、妹達が僕を愛と尊敬のまなざしで見ていたのを覚えています。 家族がそんなふうに僕を見ないわけがありません。 何故なら、僕は良い兄、すなおな息子、一流大学でオール5の学生でした。 すくなくとも、外見はこのように映っていました。しかし、家族から離れている時の本性はめちゃくちゃでした。 現実は、ほとんどの週末を飲み会で過ごしていました。タバコとマリファナを吸い、 ののしる言葉をたくさん吐いていました。ポルノの常習者でした。 これらの物は僕を満足させなかったけれども、これらをやめる力もありませんでした。 時々自殺も考えました。人生は希望がないように思えていました。 その二年前のクリスマスの朝、自分を省みながら、自分自身の罪をはっきり知るようになりました。 自分の力では決して変わる事ができないこと、また、自分がしたすべての悪事を赦していただく必要があることに 気づきました。 本当は良くないのに良いふりをしたくなかったし、本当に正しいことをしたかったんです。 幼い時から知っていた神様を思い出しました。「しかし、この罪深い人生を送ってきた今、どのようにしてあなたの所に 行く事ができるでしょう?」と神様に聞きました。それでもなお今の生き方に希望をみいだすことができなかったので、 祈りました。「イエス様、自分の力では変われないことを知っていますが、あなたが私を助けてくださることを信じます。 私の罪を赦してください。あなたに従いたいです。」 この祈りを祈った時から、僕は変わり続けています。人生はいつも易しいわけではないけれども、 僕が変わるのを神様が助けてくれると信頼したのは正しかったことが示され続けています。 神様が新しい心を下さったので、前のようにお酒を飲みたい、タバコを吸いたい、また、ポルノを見たいなどの 欲求がなくなりました。 毎日いまだに罪を犯しますが、神様はいつも僕を赦してくれます。僕が神様の敵であったときでも神様は決して僕を 見捨てなかったので、そのことから、これからも決して僕を離れないことがわかります。 僕は今自由に、神様が創造されたとおりの息子、また、兄になることができます。 二年後の今、神様はどれだけ私たちを愛しているか、どれだけ私たちを赦したいか、そして神様が私たちに すばらしい人生を計画していることを伝えるために神様は僕をアメリカからここまで導いて下さいました。 毎朝起きる時に心の中に喜びがあり、神様が、ある目的のために僕を創造してくださったことを感謝しています。 僕のような人々がここにいると思います。良い事をやりたいのに自分の心で知っていながら悪い事を やり続けてしまいます。この悪いことは聖書で「罪」といっています。 罪というのは神様なしで自分達の人生を送る事ができると思う態度です。 それは、神様が私たちと親しい個人的な関係をもつように私たちを創造されたのを体験できなくさせてしまいます。 もし私たちが罪を告白しないのなら、最後にはその罪が私たちを神様との永遠の霊的な断絶に導きます。 しかし、幸いにも、神様の恵みで、神様は私たちの罪の問題の解決法を与えてくださいました。 それはイエス・キリストがそれです。そしてただ一つの解決法です。 2000年以上前の最初のクリスマスの日、イエス・キリストが生まれた時、天使は言いました。 「きょうダビデの町で、あなたがたのために、救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。」(ルカ2:11) イエスとはヘブライ語で「彼は救う」という意味です。自分の罪のために私たちはみな死に値しますが、 イエス・キリストが私たちの身代わりとなって十字架上で死んでくださったので、 私たちはその霊的な死から救われました。それだけではなく、イエスは三日後によみがえりました。 さらに、天国へのぼる前に500人以上の人の前に現れました。 それゆえ、イエスは今も生きておられるので、もし私たちが彼を信じるなら私たちの肉体が死んだあとも 彼と同じように私たちにも永遠の命をくださるのです。 私たちの良い行いではこの永遠の命を得ることはできません。 これは神様だけが与えることのできるプレゼントです。 これ以上素晴らしいクリスマスプレゼントを想像できるでしょうか? 誰でも今日、今ここでこのプレゼントを受け取ることができます。かんたんな祈りをとおして受け取ることができます。 もしあなたがキリストとの永遠の生活を始めたいと思われたら、このように祈ってください。 神様はあなたの心をみておられますから、どのような言葉で祈るかは重要ではありません。 「イエス様、私の罪を認めます。私の罪のために十字架上で死んでくださってよみがえられた事を今信じます。 あなたが赦してくださったこと、永遠の命を与えてくださったことを感謝します。 私の人生を支配して、私をキリストの似姿に変えてください。 主イエス・キリストの御名をとおしてお祈りします。」
On Christmas morning 2 years ago, I was home as usual visiting my family. I remembered the God that I had known when I was growing up.
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