明日はいつでも希望
宣教がほとんど不可能なイスラム地域で40年間働いてきた宣教師に訊きました。
「今日までどのように過ごしてこられたのですか。」 その宣教師は答えました。「私には素晴らしい後援者がいるのです。
それがマタイの福音書6章33節のみことばです。神は一度もこの約束を破られたことがありません。『だから、
神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます』」
宣教師はまたこのようなことも話しました。「監獄にいるときや、砂漠を歩いているとき、世の中の後援者が
みないなくなってしまったときにも、神はこの約束を守ってくださいました。」 数多くの人々が明日のことを思い煩い、
心配や悩みに捕われているのです。あなたの明日は暗黒に覆われた死の暗い谷間ですか。それとも、
鮮やかな虹が保障された希望の草原ですか。 クリスチャンにとって明日はどんな意味がありますか。
信仰がなければ明日はいつでも絶望です。 しかし、信仰があれば明日はいつでも希望です。
神はきょうを忠実に生きる人にだけ明日の祝福を約束してくださいます。反面、明日の心配のために今日を悲しく、
怠惰に生きるなら、明日の祝福を得ることはできません。 きょうを喜び、義をなし、そして感謝して生きてください。
神が明日を祝福の場としてくださるはずです。
―愛するあなたに/ハ・ヨンジョ