実に神が主権者であられ、本当にあなたを愛しておられることを信じ、あなたにできるすべてを終えたなら、
手をおいてただ静かに待ってください。
私の友人の一人は臨終を迎えて、こんなことを言いました。「スティーブ、私は今まで生きてきて、
神がくださるものなら何でも拒むことなく受け取ったよ。神の愛でくださるものは何でもその深さを経験したものだ。
私は死もそのように体験したいのだ。死ぬことは怖いが、それよりもっと怖いのは死を充分に知って体験できずに
死ぬことなのだ。私の感覚を鈍くする鎮痛剤を投与できないようにしてくれないか。」
それは極めて勇敢な言葉でした。そして、彼の勇敢さの中に救われた者の姿を見ました。
彼は静かに神のくださったものを受け取りました。彼の死から喜びが流れ出ました。
彼の顔には、苦しみの中で死んでいく人からはあまり見ることのできない輝きがありました。
キリストが死なれたのは、あなたが死なないようにするためではなく、あなたが経験しなければならない死を
ともにされるためです。キリストが恐れと誘惑を感じられたのは、あなたが恐れと苦しみを感じないように
するためではなく、あなたの恐れと誘惑をともにされるためです。
キリストが友人と家族をなくされたのは、あなたがそれらをなくさないようにするためでなく、
あなたが経験しなければならない喪失をともにされるためです。